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2月19日(金)、久しぶりに我がブログの訪問者は450名を突破し、アクセス数も1,000回を超えた。
2年前の今頃は、1,000回を超えるのがあたり前だったのだが・・・。
皆さんの訪問を、繰り返し感謝したい。
6月の東京での写真展(6月下旬から1ヶ月間の予定)に続き、来年の2月には大分市での写真展が進行中だ。
やっと長い長いスランプを克服し、上昇気流に乗れたようだ。
今後は、クリエーターとしての再出発となる。
仕事にする気はあまり無いが、趣味人として写真を始め創作活動に専念したい。
3年後には年金生活に入るので、やっと念願の東南アジアを拠点とする暮らしが始まるだろう。
2月10日(水)、又近所を散策する。
最近は、豊肥本線K駅迄歩く事が多い。
片道4km程の距離で途中上り坂もあり、往復8キロはおじさんには少々きついが、途中の山里風景を撮り、楽しみながらゆっくり歩いている。
登山の訓練にはなるかな。
●「拡大」→「この写真の元画像はこちら」とクリックして、拡大して御覧下さい。
その方がいい画質で観る事が出来ます。
2010/09/10 02:09:55
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最近はアジアを歩く事が多いので、必然としてアジア(特に中国の少数民族)の歌を聴く事になるのだが、かつて中米を歩いていた頃は中南米音楽を聴く事が多かった。
東京時代のよき思い出だ。
CDの大部分は東京で買った物だが、一部はメキシコやキューバで買った。
何しろ10年以上前に買ったCDだから、いささか古くなっているかも知れないが、私には今でも魅力的なラテンミュージックだ。
ジャンル的には、ワールドミュージックとかフォルクローレと呼ぶべき音楽かな。
極めてマニアック、個人的な趣味に過ぎないが、中南米旅行の好きな方の参考になれば幸いだ。
この国のアメリカ志向一点張りだと思えるミュージック界の中では、異色であり実に興味深い。
なお断っておくが、かつて大分のローカル新聞のエッセイ欄に、マンボやチャチャチャ、ルンバはヨーロッパの社交ダンスだと書いた御仁(湯布院町の文化人?Nセンセー)が居たが、これらの音楽はヨーロッパ音楽(スペイン人達)の影響を受けてはいるが、れっきとしたキューバ音楽だと言う事を記しておきたい。
こんな事は極めて初歩的な間違いだと思うのだが,由布院住民の文化レベルもこんなもんかいな。
2010/09/10 02:09:53
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東京都汐留の共同通信本社ビル3階<ギャラリーウオーク>で一ヶ月近く続けてきた写真展が、7月21日(水)無事終了した。
私が会場に居たのは、最初の4日間と最後の3日間だけだったが、入場者数に関してはイマイチ物足りない結果に終わる。
1日平均100名以上、足を止めて観て貰いたかったのだが・・・。
特に近くのオフィスが一斉に休む土・日の入場者数が、少なかったようだ。
新聞社・テレビ局に案内ハガキを送らなかったので、これも仕方ない。
ただ単純に計算して、1時間にわずか5名の入場者でも10時間で50名、28日間で1400名に達するのだ。
トータルで見れば、決して少ない数ではないだろう。
その多くは、階上のホテルに宿泊中の旅行者達だった。
中には、私の写真の前で記念撮影をするインド系の旅行者グループも居たし、熱心に観る欧米の若者旅行者グループも居た。
携帯でわが写真を写す旅行者も、多かった。
家族一緒に写真を指さしながら観てくれた方も、車椅子を押しながら丁寧に観てくれた方も居た。
来場いただいた方々には、中国雲南省、少数民族の住む地の魅力を伝える事が出来たと思う。
ブログのアクセス数は多く、「写真展のお知らせ」は6月に583回、7月に225回、「写真展、始まる」は7月に302回を記録した。
このサイトの会員の皆さんからの反響が予想以上に大きかった事も、うれしく思う。
個展案内のページには、いつも以上に多くの投票(86票と68票)を頂いた。
私が送った個展案内には、北海道から沖縄まで150名近くの方々(海外からのメ-ルも一部あった)が返事をくれたが、その多くが個展開催へのお祝いと案内状への感謝の言葉だった。
実際に来場し、その感想をメールや掲示板に書き込んでくださった方も、30名近い。
その中にはご自身のブログに、わが写真展の紹介をして下さった方も4,5名いらっしゃる。
皆さんの温かいお言葉の数々に、心から感謝したい。
お陰さまで、東京での20年ぶりの個展を終えることが出来た。
会場を無料で貸していただいた共同通信本社の皆さんにも、感謝したい。
受け付けの女性や、ガードマンの皆さんにもお世話になった。
7月19日から20日まで、会場でお会いした一部の方の写真をこのページに展示させていただく。
会員の皆さんはプライバシーの観点から、失礼ながら後姿を撮らせて貰ったので、了承願いたい。
22日(木)夕方、長距離バスと列車に揺られ疲れて自宅に戻ると、掲示板にshanghaiさんと黒鯛釣師さん、kyokosa-nさん、airpentaroさんから写真展の感想が書き込まれていた。
翌日には、エイコーさん、翌々日はべーこんさんからも感想が届いた。
その後メールも含めて、shuchanさん、babyananさん,yasalさん、mogu-miyauchiさんからも届く。
深く感謝したい。
2010/09/10 02:09:12
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島根旅行3日目。
13:35に東京行きの飛行機が出るので、実質、午前中で見学を終えられる場所を選ばなくてはいけません。
「お母さんひとりなら、松江や玉造温泉へ行けるのに・・。飛行機、キャンセルできない?あんただけ帰るとか・・」
「そんなあ~!薄情なりっ」
誰がSW直前に、飛行機を取ったと思っとるんじゃ!こりゃ!
「半日だってイイじゃん。どっか行きたいトコないの?近場で」
「う~ん・・・」
2010/09/09 10:09:45
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世界貿易センタービル南タワー107F展望室から見た北タワーの最上部。
2001.9.11のNHKテレビで見た、アンテナが傾きもせず崩落する様子が瞼に残る。
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9.11を前にしてニューヨークの世界貿易センターWTCビルの思い出を題材にした英語スピーチと記録写真を紹介します。
日本語訳は英文の後に記載してあります。
私にとっては貴重な記録写真ですが、秘蔵するより、生きているうちに公開したほうが良いのではないかと考えました。
写真は1994.2月に初めて貿易センタービルを訪れた時のものと、1996.11月に出張の際に、BW社の社用機の丸窓から遠望した貴重な1枚を掲載します。
これは職場の英会話クラブの「5分間スピーチ」の原稿です。
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Memory of the Twin Towers Jan.31 2002
Youji Yamada
This speech is about my memory of the Twin Towers of World Trade Center in New York which were collapsed on 11th September last year 2001 by terrorists who are doubted to be leaded by Mr. Osama bin Larden.
It was on my first visit to New York that I went to the Twin Towers in 1994. In the middle of February, after the evaluation meeting of a new model car, it was Civic, in Los Angels I moved to New York alone in the weekend.
On Monday next week I planned to visit Borg Warner Inc. in Ithaca which is located in the center of New York State to meet President Mr. Ronald Ruzic.
I spent the weekend as a country visitor in New York.
In the week before a cold wave came to New England region.
Prime Minister Mr. Hosokawa came up against a heavy snow on the visit for a top meeting with the president Bill Clinton.
But it was fine during my holidays. The Central Park was covered with snow and water birds were resting on the iced pond.
In the street garbage men were working to clear away the snow on roadside with water jet.
I joined sightseeing tour by bus with Japanese speaking guide.
In the course of the tour I went the Twin Towers of WTC in lower Manhattan. It was very beautiful rising in blue sky.
I will show you some photo later.
From the observation deck on 107th floor I could get unforgettable views in every direction. For example, the Empire State Building to the north, the Stature of Liberty to the south and New Jersey beyond Hudson River to the west.
In that year I was fifty years old and twenty_ five years of service in Honda.
In commemoration of it I got a watch of Rolex.
The second visit to New York was also on the way to Ithaca.
Also in winter five years ago 1996, after a business meeting about lawsuit of a patent at the Headquarter of General Motor Inc. in Detroit I stopped Borg Warner in Ithaca to exchange some of technical information.
There I spent joyful time with the research members of new technology about automotive devices.
On my way back to New York they sent me by the company plane that was equipped with twin engines and seven seats.
While stable flying the veteran pilot, who improved his skill in Vietnam War, proposed me a loop the loop flight.
But I declined it because such acrobat flight would give big stress to my heart.
When approaching to Tater Borrow Airport in New Jersey, which is convenient for access to Manhattan Island, I found distant view of the Twin Towers in a circle window of the plane.
The towers were shining by declining sun in the late afternoon.
That scene was so impressive that I felt the figure to be a lighthouse for homeward flight.
After 11th September the Twin Towers do not exist on the ground already. But the shinning figure will never vanish from my memory. The simultaneous crash by terrorists made us notice that the Twin Towers were a landmark of not only New York but also of the United States. (original manuscript)
追憶 ツィンタワー 2002.1.31
これからお話しすることは、昨年2001年の9月11日にオサマ・ビン・ラデンに率いられたと疑われるテロリストによって崩壊された、ニューヨークの世界貿易センタービルに関する思い出話です。
私が1994年にツィンタワーに行ったのは初めてニューヨークを訪れたときのことでした。2月中旬、ロスアンゼルスでシビックの新型車の評価会を終え、週末に一人でニューヨークへ移動した。週明けの月曜日にニューヨーク州の中央部のイサカ市にあるボルグ・ワーナー社のロナルド・ルージック社長に会うために訪問する計画でした。ニューヨークのおのぼりさんとして週末を過ごした。
前の州はニューイングランド地方(アメリカ東部)を寒波が襲い、細川首相がクリントン大統領との首脳会談のため大雪を推して来ていた。
しかし私の休日は天候に恵まれた。セントラルパークは雪に覆われ、水鳥が氷の浮いた池で羽を休めていた。道路の清掃人は道端に積もった雪をウォータージェットで片付けていた。
私は日本語ガイド付の観光バスでマンハッタン南部にある貿易センターのツィンタワーに行った。そのビルは青空に聳え、とても美しかった。あとで写真をお見せします。
107階の展望フロアからの四方の眺めは忘れられないものだった。例えば北にはエンパイアステートビル、南には自由の女神、ハドソン川を越えて西にはニュージャージーが見えた。
その年私は50歳になり、本田に勤めて25年だった。その記念にロレックスの時計を買った。
2度目のニューヨーク訪問もイサカへの途上だった。今から5年前1996年のやはり冬で、デトロイトのGM本社で特許の訴訟交渉のあと、情報交換のためイサカのBWへ寄り道した。
そこでは自動車部品の新技術の研究開発メンバーと楽しいひとときを過ごした。
ニューヨークへの帰途、双発7人乗りの社用機で送ってくれた。安定飛行に入るとベトナム戦争で腕を磨いたベテランパイロットが、宙返りをやってみようかと言ってくれたが、そんなアクロバット飛行は心臓への負担が大きいからと断った。
マンハッタンへのアクセスがよいニュージャージーのテーターボロウ空港へ近づくと機体の丸い窓から、遠くに見えるツィンタワーを発見した。
ツィンタワーは夕日に照らされて輝いていた。その光景はあまりにも印象的で、まるで帰還飛行のための灯台のように思えた。
2001.9.11以後、ツィンタワーはすでに地上には存在しない。しかしあの輝く姿は私の記憶から消えることは決してないであろう。
テロリストによるあの同時破壊は、ツィンタワーがニューヨークのランドマークであったばかりか合衆国のランドマークでもあったことを気付かせてくれた。(日本語訳文)
撮影 CANON AE1-P FD50/1.4(1994) CONTAX RX Planer50/1.4(1996)
編集・公開 2010.8.13
2010/09/09 08:09:56