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今回最大のイベント?鉄道博物館に向かいます。
海外渡航が多い中博物館関連はまだ2回目です。
行き方を調べていなかったので、早速フロントで交渉。
親切にバスダイヤや、乗り継ぎ方法を教えてもらいました。
ちなみにマイアミビーチから約2時間、かなり遠方?みたい。
最寄の駅から動物園行きのバスに乗り、その一つ手前のバス停で降車。
歩くこと数分・・・ようやく博物館入口が見えてきましたが
その頃には炎天下過ぎて肌が痛い・・・。++50の日焼け止めでも効果薄??
入場料$6を支払い中に入ります。その中の一部の展示車両が$5するとのこと。
理由を聞けば大統領専用車両。ルーズベルト、トルマンアイゼンパワーらが
使用していた客車、ブルマン専用の大統領列車です。
その他、軍隊が使用していた病院列車、カリフォルニアゼファー、旧型客車、寝台列車
そして、屋外に放置されている、貨車、客車そしてダウンタウンにあるメトロムーバーまでありました。
屋根下車両の一部を紹介。
Track1 Lounge Car 254,Table Car 6300,Rotating Exhibitions
Track2 No.153 Steam Engine,Jim Crow Segregated Car FEc Coach 136
Track3 President Carl,Hospital Car,FEC 1996
Track4 Silver Crescent,Silver Vale, Silver Diner
屋根がある車両は、保存状態が非常にいいです。また、電源(電気のみ)車両から直接とりいれて
いるので、室内灯をそのまま取り込んでいたので驚きです。空調がフィルタ関連が
あるのが理由?で外部エアコンを使用していました。
公共交通機関だけで向かうには不便な場所にありましたが、
鉄道マニアでない人も見学に来ていたので、是非とも話の種でも・・・。
ゲストリスト見ましたがほとんどがFL州かつ米国人だけでした。
一応日本人の履歴も一筆入れてきました。
入場時に配布されたパンフレットにこんなが・・。
Become a Member TODAY!
近かったら入るんだけれどなぁ。しかも$35で8特典つき。
その中で気になるものを・・・
・Free Admission to the Museum (not special events)
→特別イベントは何があるのか?
・Monthly Newsletter
→どんな冊子?
マイアミ鉄道博物館
http://www.gcrm.org
2010/08/01 05:08:21
先回のブログで、ロシア入国時のハプニングを書いた。今回も私にとっては予想外のことだったので、やっぱりハプニングとしか言えようがない。
読んだ方は笑うかも知れないが、体験した本人にとっては、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」(70才以上の方なら誰でも知ってる言葉)の我慢の2夜だったのである。
サハリンのホテル事情は決して良くない。現地であった日本人や、帰りフェリーで日本人の乗客に聞いたら、みな、答えは同じようだった。 理由は料金が高い割りにサービスが悪い。ホテルとしての機能に欠け、インターネット等がホテルに備わっていない。チェックインやチェックアウトに時間がかかる。お客を大切にしない(特に日本人に対しては現在でも敵国扱い)
表紙の写真(インターネットから転載)は私が宿泊したホテルでない。このホテルはユジノサハリンスクではAクラスの「サッポロホテル」である。名前から想像できるように以前は日本人が経営していたホテルである。
そのホテルに勤めていたMさんに伺ったら、最近リホームしたが、決して内容は良くないそうだ。
私が宿泊した「R」ホテルはユジノサハリンスクの駅前にあり、ロケーションとしては申し分ないのだが、その内容たるや一つ星にも値しない。
内容がお粗末なのである。サービスが悪いのである。私は過去、外国の安ホテルは何十回も利用したがあんなにひどいホテルは記憶にない。
私が烈火の如く怒っているのは、料金だけは超高額なのである。ちょっとその内訳を紹介させていただく。
この度のサハリン旅行で稚内からのツアー料金が2泊3日で¥124,200を東京のT旅行社に支払った。このうちフェリー往復が¥39,600である。他は港からホテルまでの送迎(オンボロ車で片道40分)とビザ申請手数料¥4,200だけである。(日本語つきのガイドを付けると他に3時間で¥18,000なので断った)
支払った金額の中には一人参加なのでホテルの部屋代が2泊で¥25,000が正規のツアー代のほかに加算されていた。
ロシアと日本の旅行社がどれだけの手数料を取るのか分からないが、素人考えでも、一泊¥25,000以上のホテルに泊まるのだと思っていた。
しかし、現実は想像を絶するような酷さだった。 誇張せずに現実を冷静にありのままに伝えたい。
このホテルは戦前、日本が建てたホテルで、70年以上も経っており最低限の修理と改装で現在もロシアによって使われているのだそうだ。
到着すると、体重70キロはありそうな中年の女性が一人、フロントに座っていた。先ず、ロシアでの宿泊はパスポートを提出しなければならない。パスポートを預かられると、いつ戻ってくるか心配だ。(その日の内に戻ってきたが)
フロントにコンピューターはない。私はロシア語が分からないので、何を話しているか全く分からないが何か連絡している。私のパスポートを見ながら何かと照合している。(多分、ブラックリスト)
20分後くらいに木の札に吊るされた412-Bの二つの鍵を渡された。その時、ちょっと不吉な予感がした。部屋は4階だがエレベーターはない。階段を上がると、階段の側に412の部屋はあったが、鍵の穴に鍵がスムースに合わず開けるるのに一苦労した。ようやく開けた部屋は更にAとBとに分かれていた。部屋を開けると右手にトイレ(洗面所兼用)とシャワー室があった。私はそのトイレとシャワー室は私専用の物と思った。私は小さい方の鍵でBの部屋を開け中に入ると、怒りがこみ上げてきた。
ベッドは巾は狭く薄い敷布団の下はスプリングのバネ付きなのである。敷布団も掛け布団もオレンジ色の地に真っ赤な大きい花模様の柄のカバーがしてあった。触ってみると湿っている。鼻を近づけると、汗のような腐ったような匂いがプーンとしてきた。 この布団カバーは何日前に取り替えたか分からないのである。
部屋の中にはテレビと電話があった。テレビは40年前くらいの旧型テレビにトンボの羽のような室内アンテナ。テレビの映像は5,6局入っているがまともに映らない。トンボの羽を左右上下にいじくるが原色が分離してブレているのである。
電話は外線に通じなかった。(これも国策かな) タオルはダンボールのように硬い。石鹸はビスケットよりまだ小さい。浴室はなく、シャワーのお湯も沢山出すと水になる。
サハリンのホテル事情は悪いと日本の旅行社から言われていたので、その時はまだ、「これがサハリンの現実」と自分に言い聞かせていた。
ハプニングはそれで留まらなかった。
その夜、ユジノサハリンスクで日本料理店を経営されている宮前豊氏(桜を公園に寄贈された方)に事前にアポを取って、お目にかかるようお願いしていたので、その料理店に夕食を食べに出かけた。宮西氏は急用ができて外出され、お目にかかれたのは10時過ぎだった。
11時過ぎにホテルに戻った時、隣の部屋(412-A)に男女が入ったことは話し声で分かった。
私は疲れていた。自分の持ってきたバスタオルを布団の襟に被せて眠りに入った頃、ボン、ボンという異様な音に眼が覚めたのである。
ここから先はえげつない。下品である。上品な淑女は読まないでいただきたい。
「ボン、ボン、ボン」の音は隣の部屋でオリンピック競技のトランポリンの練習でも始まったのかと思った。そにうちに、ソプラノと唸り声。 大人の男女なら身に覚えのあるあの声が筒抜けに聞こえてきたのだ。(私はロシア語が全く分からないので意味不明=せめてもの救い)
もともと、一つの部屋のトリプルルームを板で仕切って二組に貸せるロシアの商法は、是非、止めていただきたい。
ハプニングはまだ続いた。ようやく静かになったので、私は、ようやく眠れると思い、トイレに行った。 その時、また、ハプニングが起きた。洗面所のドアーを開けると、巨大な女性が便座に座っていたのである。(言い訳になるがあれは私が悪いんじゃない。内鍵をかけないロシアのデカ女性が悪いのである)
私はとっさに「I'm sorry」なんて謝って部屋にも戻って内鍵をかけた。「I'm sorry」といったところでロシア人の殆どには英語が通じなかったと思う。であろう。
何故、あの時、内鍵をかけた。多分、襲われたら助からないと思ったのだろうか。打ち鳴る鼓動が納まって眠れたのは2時近かった。
翌朝もハプニングの続きがあった。フロントであのデカ女性とご主人と思われる男性にバッタリ会ったのである。お互いに知らん顔。
その男性は女性に反比例して、痩せて小柄だった。どこかでみたことがあると思っても思い出せなかった。 博物館へ行く途中、ようやく思い出した。
そうだ、あの男性はムンクの「叫び」だ。女性はビヤダルだ。
「ビヤダルポルカ」と「ムンクの叫び」が私を恐怖に陥れたのである。
2010/08/01 05:08:08
東京都汐留の共同通信本社ビル3階<ギャラリーウオーク>で一ヶ月近く続けてきた写真展が、7月21日(水)無事終了した。
私が会場に居たのは、最初の4日間と最後の3日間だけだったが、入場者数に関してはイマイチ物足りない結果に終わる。
1日平均100名以上、足を止めて観て貰いたかったのだが・・・。
特に近くのオフィスが一斉に休む土・日の入場者数が、少なかったようだ。
新聞社・テレビ局に案内ハガキを送らなかったので、これも仕方ない。
ただ単純に計算して、1時間にわずか5名の入場者でも10時間で50名、28日間で1400名に達するのだ。
トータルで見れば、決して少ない数ではないだろう。
その多くは、階上のホテルに宿泊中の旅行者達だった。
中には、私の写真の前で記念撮影をするインド系の旅行者グループも居たし、熱心に観る欧米の若者旅行者グループも居た。
携帯でわが写真を写す旅行者も、多かった。
家族一緒に写真を指さしながら観てくれた方も、車椅子を押しながら丁寧に観てくれた方も居た。
来場いただいた方々には、中国雲南省、少数民族の住む地の魅力を伝える事が出来たと思う。
ブログのアクセス数は多く、「写真展のお知らせ」は6月に583回、7月に225回、「写真展、始まる」は7月に302回を記録した。
このサイトの会員の皆さんからの反響が予想以上に大きかった事も、うれしく思う。
個展案内のページには、いつも以上に多くの投票(86票と68票)を頂いた。
私が送った個展案内には、北海道から沖縄まで150名近くの方々(海外からのメ-ルも一部あった)が返事をくれたが、その多くが個展開催へのお祝いと案内状への感謝の言葉だった。
実際に来場しその感想をメールや掲示板に書き込んでくださった方も、30名近かった。
その中にはご自身のブログに、わが写真展の紹介をして下さった方も4,5名いらっしゃる。
皆さんの温かいお言葉の数々に、心から感謝したい。
お陰さまで、東京での20年ぶりの個展を終えることが出来た。
会場を無料で貸していただいた共同通信本社の皆さんにも、感謝したい。
受け付けの女性や、ガードマンの皆さんにもお世話になった。
7月19日から20日まで、会場でお会いした方の写真をこのページに展示させていただく。
会員の皆さんはプライバシーの観点から、失礼ながら後姿を撮らせて貰ったので、了承願いたい。
22日(木)夕方、長距離バスと列車に揺られ疲れて自宅に戻ると、掲示板にshanghaiさんと黒鯛釣師さん、kyokosa-nさん、airpentaroさんから写真展の感想が書き込まれていた。
翌日には、エイコーさん、翌々日はべーこんさんからも感想が届いた。
その後メールも含めて、shuchanさん、babyananさん,yasalさん、mogu-miyauchiさんからも届く。
深く感謝したい。
2010/08/01 05:08:16
横浜2泊3日も最終章です。前半は横浜に着いた日は台風並みの強風に悩まされましたが、二日目からは絶好の観光日和が続き、港町横浜を堪能する事ができ、ついでというと怒られますが、東京の浅草や柴又へも初めて行く事が出来、非常に充実した旅ができました。
2010/08/01 05:08:49
東京の下町の夏の風物詩、隅田川花火大会が7月31日の夜、
墨田区と台東区にまたがる2会場で開かれました。
今年の隅田川花火大会は、建設中の東京スカイツリー人気もあって
例年を大幅に上回る人手があったようですし、
上空を旋回するヘリの数も多く、テレビ放映も盛り上がっていました。
隅田川花火大会は、我が家から間近に見えるのですが、
東京スカイツリーと並んで開く色とりどりの大輪の花は、
また格別で、なんとも言えない美しさでした。
ただ、その美しさを写真に撮るのは、また別問題です、スミマセン。
2010/08/01 04:08:54